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長野駅到着を告げる車内アナウンスで目を覚ました。平成6か7年ころの12月初旬。土曜日の始まりである。大阪発寝台急行ちくまは定刻5時23分長野駅の到着をした。もう少し寝ていたいところだが、ちくまは定刻に長野に到着してしまったので下車するしかない。まだまだ夜の続きで辺りは真っ暗である。接続の飯山線のディーゼルカーに乗り継ぐ。長野駅の朝はすでに始まっている。しかし私はまだ夢心地である。戸狩野沢温泉駅までは二度寝をする。暗闇の中、窓の外を見ると白く雪が見える。一眠りで北国へやってきた。 森宮野原駅を過ぎると長野県から新潟県に入る。飯山線はさらに豪雪地帯をゆく。12月初旬とはいえ、積雪は結構あるようだ。 信濃川と平行してのどかに列車は進む、やがて終点越後川口駅に到着した。次に乗るのは上越線、長岡行きの普通列車である。 次の駅は小千谷、朝の日差しが周りの山や畑を照らし、降り積もった雪が輝きを増す。上越線の電車は飯山線のディーゼルカーとは比較にならら無いくらい軽快に雪景色の中を駆け抜けてゆく。いまだに小千谷の名前を聞くとあの日の景色を思い出す。 長岡からは信越線の上り列車に乗り変え柏崎へ。柏崎からは新潟へ越後線が伸びている。さっき乗り換えた長岡駅から信越線の下り列車に乗り換えれば、より早く新潟に到着するのだが、越後線に乗りたいがために、わざわざ寄り道をしてきたのである。 山間を走る上越線は雪が多かったが、海岸近くを走る越後線の周りの平地は、薄く雪化粧といった感じだ。全線電化はされているが、ローカル線らしくゆっくりと走る。 弥彦線の乗換駅の吉田で途中下車をして、弥彦線の吉田−弥彦間4.9kmに乗車する。弥彦線は、信越本線の東三条駅を起点として、上越新幹線の接続駅燕三条、越後線の接続駅吉田をへて、弥彦まで17.4kmの短いローカル線である。今回は、盲腸線の部分を乗りに来たのであるが、越後線の列車を降りると、そのまま改札を出てタクシーに乗り、運転手に弥彦駅前と告げた。通常盲腸線が終点に着いたときは、終着駅の滞在時間は短くすぐ折り返すのがよくあるパターンである。しかし弥彦線は終点の弥彦に長時間停車するので、ローカル線の乗り潰しを主眼としている者にとっては、非常に効率が悪い。たかが片道5km程度に1時間以上かけられないので、一計を案じ吉田からタクシーを利用して、一本早い弥彦発の吉田行きに乗車しようとしたのである。 今思えば、長時間停車を利用して、弥彦神社を観光すればよかったのだが、当時の自分はいかに効率よく乗り継げるかのみを考えていた。まだ、若かったのだろう。 無事に弥彦発の弥彦線普通列車に乗り、吉田から新潟行きの越後線に乗り、夜行とローカル線を乗り継ぎ大阪から18時間かけて新潟に到着した。東海道と上越新幹線を使えば5時間程度で行けるのだが、この時間の差を物好きと見るか、贅沢と見るか。あまり贅沢と見る人はいないだろう。 新潟で新発田行きの白新線に、そして羽越線のディーゼルカーに乗り継ぐ。乗り継いてばかりだが、これも性分である。飯山線以来のディーゼルカーに乗るとやはり電車より旅心地がある。村上駅を過ぎると左側に日本海が見えてくる。BOX席を占領し、反対側に足を投げ出しながら車窓の笹川に流れを眺める。午前中の晴天はどこへ行ったのか、目の前に広がるのは暗く荒れた日本海。日本海の向こうには粟島があるはずなのだが、今回も見ることは出来なかった。列車はディーゼル音を響かせながら、雪の降り始めた海岸沿いを北上してゆく。県境を過ぎ、山形県へ入りあつみ温泉駅で下車をする。バスを使い温泉街へ。ここには一度使ったことの有る外湯が有る。 再びあつみ温泉駅に戻り、夜行快速ムーライト新宿行きの始発駅村上へ。発車まで時間があるので、一度駅を出て食事をする。当時は古くなった急行型の車両を改造して、夜行快速が何本かあった。といっても、この定期列車ではムーンライトと札幌-函館を結ぶミットナイトくらいしか思い浮かばないが。どちらも、以前は急行の夜行列車が走っていたが廃止され、数年後料金のかからない快速で復活をした歴史を持っている。当時は昼行・夜行を問わずダイヤ改正ごとに急行が廃止か特急への格上げで、急行の存在自体が問われていたころだった。 一方で夜行バスが安さを売りにはやり始め各地に新規路線を増やしていった、そのバス人気に呼び戻されるかのように、新潟への夜行列車が復活した。しかし、バスへの価格対抗上料金のかからない快速列車で、さらに当時としては上野ではなく新宿を始発にしたのも珍しかったと思う。快速列車にしても、まだ運賃面で負けているのでシートをグリーン車用とし居住性と定時運行で夜行バスと価格面でのつりあいをとった。その車体も現在では老朽化が進み、経費的に夜行快速という車両を新造できないため、特急車両への変更が行われている。特急車両は車内の走行音の軽減、すきま風の侵入などには効果的だが、グリーン席を再利用した当時の車両の、シートピッチと倒したときの背もたれの角度には遠く及ばない。独立3列シートを用意する夜行バスの盛況振りと、ダイヤ改正のたび削減が止まらない夜行列車、需要はあるのだからもう少し決め細やかな対応は出来ないものかと思う。 快速ムーンライト新宿行きは、定刻に村上駅を発車した。次の新潟で先頭車両が逆になるので、座席の向きは進行方向と逆にしてある。新潟から多くの乗車が有り私の隣の窓側に席も埋まった。普段なら隣に人が居るとなかなか寝付けないのだが、連日の夜行列車ということもあり新潟を過ぎると眠りに落ち新宿着まで起きることはなかった。 3日連続の早起きである。新宿に5時10分定刻について、山手線、京浜東北線を乗り継いで鶴見駅まで来た。もちろん鶴見線に乗るためである。鶴見線は都会の中のローカル線ということで、だいぶ有名だがまだ未乗であった。まずは、鶴見発海芝浦駅ゆき。日曜日の早朝、しかも工業地帯を行く電車になど誰も乗っては居ない。がらがらのまま終点についても降りる人も居ない。写真を撮り、東芝の正門や海を見たりしてすごす。あらかじめ知識として知っていたためかあまり感激は無い。籠の中の鳥みたいな印象を受ける。折り返しの列車に乗り浅野駅まで引き返す。その後大川支線や終点の扇町、南武・支線に乗車したと思うが、記憶も写真も無い。再度訪れたいという気持ちは今もある。 その後は、東海道線の下り列車に乗車して寄り道をせずに午前中には自宅へ戻った。 Home |
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