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zoom RSS 小田原・石垣山一夜城

<<   作成日時 : 2011/03/20 17:16   >>

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平成23年3月1日(火) 小田原に出かける用事があったので、ついでに一夜城に寄ってみました。

石垣山一夜城
小田原の役の際に陣城として築かれた城で、小田原方から気付かれないように小田原城側の山の木を伐採せずに築城し、大方出来上がった時点で、木を伐採することで、一夜にして城が出来上がったかのように見せかけたとされる。
   〜ウィキペディアより〜

一帯が公園と整備され、区画はされていないものの相模湾をのぞく駐車場も広かった。平日というのに駐車している車は5台程度と多かった。ここに来るまでも結構きつい坂道を車で登ってきたが、城跡は入口からさらに登る。木々に覆われた歩道を登ると二の丸跡が見えてくる。
ここに来たのは小田原の地形をてっぺんから見下ろしたかったからである。最近北條氏関係の本を読み、電車や車で小田原に行く機会が増え、平地から周りの山々を見て、北は丹沢 西は箱根・東は大磯丘陵(というらしい、今回調べて初めて知りました)囲まれた、酒匂川が作り出した足柄平野(というらしい、以下同文)にある中心地・小田原を実感したかった。

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F601+Ai35f2.8 KodakGOLD100 西湘バイパスの向こうに小田原の町が、その奥に大磯丘陵。

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F601+Ai35f2.8 KodakGOLD100  左手は二の丸越しに大井松田方面。丹沢の山々が見える。

案内板で展望台というところに行き着く。立ってみると箱根湯本方面が見る。こちらは早川が作り出した狭い平地に観光施設が鈴なり。早川・酒匂川と比較的近い河川二つを分けるのが明星ヶ岳からの山並み。これは後日地図を見て気がついたのだが、小田原駅や市役所、そして小田原城は足柄平野でも西に偏しており、まさに関東の奥。戦国時代箱根を背に守りに安くかっただろうと、想像するのが楽しい。

ここ石垣山一夜城は秀吉の小田原攻めに築いた城。それを思うと広いと思われた二の丸跡の芝生の手狭であったろう。

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F601+Ai35f2.8 KodakGOLD100 本丸跡には小さな祠が残るのみ

その後は数日前に降った雪の残る箱根を越えて帰宅した。

  ■■■■■    F601    ■■■■■
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D50+AF-S VR18-200 1:3.5~5.6で撮影

今回持ち出したのF601。20年くらい前のかめらである。といっても価値が出るものではないので、中古が確か2300円で売っていた。安さのあまり手にしたのだが、電池がなかなか特殊で1700円位してカメラを買ったのか、電池を買ったのか判らない気がした。

写りは今のカメラと遜色ない。はるか昔からフイルムカメラのシステムは完成していたのあろう。まだまだマニュアルレンズが第一線で活躍していたので、当然のようにマニュアルレンズでも露出計は作動する(ニコンの最近の低価格カメラはマニュアルレンズでは露出計は作動しない)。スピードライト内臓でマニュアルレンズに対応するカメラは結構貴重である。
良いことずくめのF601であるが、シャッター音ががさつなのはいただけない。

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